Post War: 第二次大戦 後篇
終章: R-R&Bの別離
BMWとの提携が結ばれたのと同じ1992年、ロールス・ロイスの親会社たるヴィッカース社はロールス・ロイス社の売却を決定したのだが、それは数年ののちに激震を引き起こす導火線に火が点いたことを意味していた。この「自動車史上最高のブランド」をグループ傘下に収めるために、世界各国の自動車メーカーやコンソーシアムが名乗りを挙げようとしていたのだが、中でもこの時期から急速に事業拡張を試みていたフォルクスワーゲン(VW)とBMWの両グループが、前代未聞の買収競争を繰り広げることになってしまったのだ。
この、自動車業界を震撼させた買収合戦が明るみに出たのは1998年4月。もとより提携関係のあったBMWとの間で、3億4000万ポンドの買収価格でロールス・ロイス社を売却するという合意が成立していたはずなのだが、5月になると同じドイツのVWが4億3000万ポンドのTOB価格を提示したことで、先に結ばれたBMWとの合意はあっけなく覆されてしまうのだ。VWグループとの買収契約は6月5日に確定に至っている。ところが、これで「一件落着」かと思いきや、直後にまたもや大波乱が起こってしまう。もともと、1971年の倒産に際して、旧ロールス・ロイス社から分社化されていた“ロールス・ロイスPLC”社は、世界的な名声を誇る“ロールス・ロイス”ブランドの対外的価値を維持するという名分のもと、ロールス・ロイス社自動車部門の海外企業買収に関する拒否権を保有していた。しかも、この買収騒動と時を同じくする時期、ロールス・ロイスPLC社は航空用エンジンのメーカーとしても知られるBMWグループとジェットエンジンの分野でも提携を結び、ドイツに新たな合弁会社“BMWロールス・ロイス(現在のロールス・ロイス・ドイツ)”社を設立していたのだ。当然のことながら、BMWロールス・ロイス社は「伝家の宝刀」たる拒否権を発動し、ヴィッカース社側とVWグループ側の買収契約に「待った」を掛けてきた。そして、このBMWロールス・ロイス社の意向も働き、ヴィッカース社は同じ年の7月28日に、ロールス・ロイスのブランドと「R-R」のロゴマークについては、その使用権をBMWグループに売却すると決定したのだ。その代価は4000万ポンドであったと記録されている。
これらの騒動の結果として、ロールス・ロイス社そのものとクルーの本社工場、そして「ベントレー」のブランドネームはVWグループの傘下に収まったものの、「ロールス・ロイス」のブランドはBMWグループが所有するという、いわゆる「ねじれ現象」が発生してしまった。こうして、会社としてのロールス・ロイス社を引き継いだVWグループは、2002年までBMWからエンジン供給を受け「ロールス・ロイス」ブランドで従来モデルの製造・販売を行うことになったが、2003年からは社名をベントレー・モーターズ(Bentley Motors)社に変更。買収計画のスタートした当初からのフェルディナンド・ピエヒ会長の筋書き通り、ベントレー・ブランドのみでの生産・販売へと移行することになったのである。
一方のBMWサイドは、まったくの新会社として“ロールス・ロイス・モーターカーズ(Rolls-Royce Motor Cars)”社をサセックス州グッドウッドに設立し、2003年から新開発車「ファントム」の生産・販売を開始することになった。2003年10月に発表された新型“ファントム”は、デザインモチーフを往年の“シルヴァー・クラウド”から採り、「スピリット・オブ・エクスタシー」を頂にしたパルテノン神殿型ラジエーターグリルを引き続き用いることによって、ロールス・ロイスの伝統を正当に継承していることを明確にアピールしていた。
こうして、1931年以来約70年もの長きにわたって継続してきた「結婚生活」にピリオドを打ったロールス・ロイス「および」ベントレーの両社は、再び最強のライバルとして超高級車マーケットで相間見えることとなったのである。この悲しくも奇妙な買収劇は、大英帝国の誇りとも言えるロールス・ロイス、そしてベントレーという超名門ブランドが、しかも両社の創業時代は敵国であったドイツ企業によって買収・分断されたという事情もあって、イギリス人はもちろんのこと、世界中のエンスージアストを当惑させることになった。
しかし、BMWグループ傘下のロールス・ロイス、そしてVWグループ傘下のベントレーが、少なくとも2008年上半期までのデータでは、双方ともに素晴らしい成功を収めている状況を見れば、この別離と新しい一歩は、両者にとっても決して悪いものではなかったのかもしれない。
新生ロールス・ロイスとベントレーの進む道は、果たしてどのようなものとなるのだろうか? その評価については、のちの世の歴史家諸賢に委ねることとしたい。
(監修:涌井 清春 資料提供:高山 ゆたか 編集:武田 公実)
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