前回は、8月(2019年8月)のペブルビーチ・コンクールデレガンスに招待された1921年のゲイルン製ボディのベントレー・3リッターを例にしてコレクターの喜びについて書きました。
今回は、ロールスロイスを題材にして、コレクターの心情についてお伝えしたいと思います。
クラシックのロールスロイスとベントレーに魅せられ、集め始めるようになった30年以上も前の頃から、私には “いつかは絶対に手に入れたい" と思い始めていたロールスロイスがありました。
それは、1950年に造られた「シルバーレイス」です。このクルマは、リムジン、つまり大型車であるシルバーレイスのシャシーを用いながら、Freestone & Webbというコーチビルダーが製作した2ドアのドロップヘッドのクーペボディを架装していました。ただ1台だけ製作されたクルマです。WFC69というシャシーナンバーをナンバープレートの数字にしている、知る人ぞ知る有名な1台です。
前回も書きましたが、この時代のクルマはシャシー(車台、フレーム)とボディは別々となる構造だったので、オーナーはコーチビルダーと相談しながら、自分好みの凝りに凝った、世界に一台だけのクルマを誂えることができました。
私がクラシックのロールスロイスとベントレーに魅せられ続けている理由はいくつかありますが、この “誂えられたボディの素晴らしさ" はその中でも最大のもののひとつです。
現代の高級車も素晴らしいのですが、ほとんどはモノコック構造というシャシーとボディの一体構造を採用せざるを得ないため、ボディだけ別に造ることができません。意地悪に言ってしまうと、 “既製品" です。
私の父親は下町の時計商で、着道楽ではありませんでしたが、身に付ける洋服はすべて誂えていました。スーツ、ジャケット、コートなどの上着類だけでなく、換えズボンやシャツなどもまとめてテーラーに造らせていました。
季節の変わり目を前にすると、懇意にしているテーラーの主人が我が家にやって来て、父の身体を採寸し、持って来た生地見本を父に見せて相談しながら服を新調していたのを子供の私が横で見ていたのを憶えています。
前合わせはシングルか、ダブルか?ベントはセンターか、サイドか?
2つボタンか、3つボタンか?
裏地は?
ボタンは?
父の体型が変わって窮屈になったツイードのジャケットなどは、そのテーラーで仕立て直させて20年以上も着続けていました。誂えた服は、仕立て直すことが前提で作られているので、そんなこともできたのです。
贅沢なことではなく、昔は良い既製品がなかったから、日常的にスーツを着るような男たちはみな誂えていました。反対に、既製服は “吊るし" といって一段低く見られていたくらいです。
洋服もクルマも、時代の移り変わりで生活様式が変化し、また製造技術が進化したことで大量生産が可能となり、 “既製品" 、 “レディメイド" というものが出現しました。今は、既製品の方が当たり前で、誂える方が特別になってしまいましたね。
現代のように、店に陳列してある服やクルマを指差して、「これ下さい」と買って、その場から着たり、乗って帰るようなことは昔はできませんでした。服は仕立て、クルマもメーカーに注文すると同時にボディを誂えてでき上がって来るのを待たなければなりません。
これは良し悪しの問題ではなく、時代の趨勢であり、それに伴ったライフスタイルの変化です。だからが故に、私はクラシックのロールスロイスとベントレーにロマンを抱いてしまうのです。
顧客がコーチビルダーとビスポーク(相談)しながら世界に一台だけ、自分だけの一台と誂えたクルマに託そうとした想いとはどんなものだったのか?
それを想像することが私の大きな楽しみです。そのWFC69というナンバープレートの付いたシルバーレイスも、最初のオーナーはどんな要望をFreestone & Webbに伝え、反対にFreestone & Webbはそれにどんな提案を返し、どう応えたのでしょうか?
当時のやり取りは想像するしかありませんが、ボディの仕上がりはご覧の通り、大変に素晴らしいものです。