前回もお伝えさせていただきましたが、今年8月(2019年8月)のペブルビーチ・コンクールデレガンスに当館の1921年製「3リッター by Gairn」が招待されたことは大変に名誉なことです。
ベントレー社創立100周年の年に、世界で最も権威あるイベントに招待されたことは館長として、そして、クラシックカーを愛する一人のコレクターとして望外の喜びであることは間違いありません。
そこで今回は、この3リッター by Gairn題材にして、コレクターの喜びについて書いてみましょう。
正直に申し上げまして、このクルマがペブルビーチ・コンクールデレガンスに招待されることになるなんて、手に入れた時は想像すらできませんでした。コレクターが躍起になって手に入れようとするようなクルマではなかったからです。
イギリスから他のクルマと一緒に購入したのですが、その時に、当館のイギリス在住のスタッフ、ブライアンが「古くて安いのも一台あります」と提案してきたクルマでした。長らくスウェーデンの愛好家のもとにあったそうです。
このクルマは、ベントレー社が創業した1919年の2年後に製造され、スコットランドのコーチビルダーのGairn(ゲイルン)というコーチビルダーでボディが架装された珍しいものです。
ご承知のように、ベントレーに限らずこの時代のクルマは、シャシーとボディはまだ別々の構造でした。シャシーはクリクルウッドのベントレーの工場で製造されていましたが、ボディはいくつもあるコーチビルダーに製造させ、架装させて一台が完成します。ちなみに、現代のベントレーはモノコック構造なので、シャシーとボディは一体化されています。
コーチビルダーにはそれぞれの “作風" がありますから、どのコーチビルダーにどんなボディを造ってもらうのかが顧客にとって大きな楽しみになってくるのです。
すでに製作された実績のあるものを頼めば仕上がりが想像できるという確実さがありますが、“世界に一台" を造りたければ、それも可能です。コーチビルダーとあれこれと話し合いながら、ボディデザインや装備などを決めながら造り上げていきます。ビスポーク(bespoke)とはこのことで、「話し合って造り上げられたもの」(be spoken)を示しています。日本語だと、“誂える"という言葉が最も近いニュアンスになるのではないでしょうか。
ですから、この 3リッター by Gairnも最初のオーナーが Gairn というコーチビルダーにボディを注文したというわけです。
このゲイルンというコーチビルダーは、H.J.マリナーやパークウォード、ジェイムズ・ヤングなどに較べると、ベントレーのコーチビルダーとしてはあまり有名ではありません。私もそれまで知りませんでした。
でも、私は、このクルマが大好きです。控え目に見える2シーターボディの造形もバランスが取れているし、エンジ色も良く似合っているではないですか。
同じように好いてくれたお客さまがいらっしゃって、一度売却しました。しかし、その方が手放すと聞き、すぐに買い戻しました。やはり、手元に置いておきたいと思わせる魅力がこのクルマにはあるのです。
前述しましたように、このクルマは有名なコーチビルダーによるものでもなければ、大向こうを唸らせるような華麗な造形が施されているわけでもありません。どちらかといえば、地味なデザインです。
しかし、さすがはペブルビーチの審査員です。このクルマの魅力と存在意義をキチンと理解してくれたようです。
誰もがその価値を認める博物館級のクルマが高く評価されるのは当然のことです。当館にも、そうした定番中の定番のようなクルマは何台もあります。1929年の4,1/2リッターブロワーや1953年 Rタイプコンチネンタル 2ドアサルーンなどです。
しかし、そうした派手なクルマがある一方、地味で目立たないクルマもあります。地味なクルマでも、私の愛情に変わりはありません。
ですから、定番的なクルマが選ばれるのではなく、まさにこのクルマが選ばれたことに私は望外の喜びを感じているのです。
「よくぞ、このクルマを選んでくれた」喜びと同時に、大きな感慨に捉われています。世界の誰もが評価する大定番のようなクルマではないクルマでも、持ち続けていたことによって今回の栄誉に授かることができました。コレクター冥利に尽きるとは、まさにこのことです。
世間の評価は気になるものですが、密かに自分の愛情も大切にしたくなるのがコレクターの性(さが)というものなのでしょう。