ペブル・ビーチ コンクール・デレガンス2021をふりかえって
Wakui Museum 館長 涌井 清春

2019年、私はワクイミュージアムの3 Litre,Gairn製ボディのベントレーでペブルビーチのコンクール・デレガンスに招待されました。ペブルビーチの名はもちろん知っていましたが、参加してみてこんなに素晴らしい世界があったのかと、改めてアメリカでのクルマ文化の懐の深さ、頂点の高さに生涯忘れられない感銘を受けました。
その年はベントレーが誕生100周年のテーマ展示があり、最も古い現役ベントレー車として、Gairn製ボディの1921年型Bentley 3 Litreが展示招待を受けたのです。出展総数は200台の制約に対して、世界各国から1200~1500台のエントリーがあり、Gairn Bentleyが入ったことは非常に名誉であり、日本からこれが出ることにも意義を感じて参加しました。
2020年はコロナウイルス感染症の影響により中止、しかし今年は開催が決まり、次はと招待を受けていた私共の1930年型Rolls-Royce Phantom II Continental DHC by Carltonの出展が決まりました。
Phantom II Continentalは、Phantom IIをさらにスポーティにすべく、ヘンリー・ロイス自身が希望して最期に監督した車としても知られています。英国ダービーのスタッフが、フランスで療養しながら総指揮を執るヘンリー・ロイスの元に何度も通い、実験走行はロイス自身もフランスで行い、意見を出したと何かの本で読んだことがあります。ヘンリー・ロイスは1933年4月に亡くなり、この車以降のロールス・ロイス車にはヘンリー・ロイスは触れていないのです。以降は彼の理想を求める精神を受け継いだ弟子とも言える開発・経営陣がRolls-Royce、そして吸収したBentleyの世界を創っていったということになります。
70周年にあたる今年のペブルビーチのイベントは車全般に関わるものでした。コンクール・デレガンスだけでなく、カーメル市内では別のコンクールも行われました。また、RMサザビーズ、ボナムズといった複数のオークション会場で何億円という名車が出品され、ラグナセカではレースも行われていました。国内外の自動車メーカーも参加してブースを持ち、参加者、観客を含めて全米のみならず海外から多くの富裕層のクルマ好きが集まり、最終日を飾るイベントでは世界中から出展を許されたクラシックカーがペブルビーチのゴルフ場、18番ホールに並び、専門家による厳正な審査を受けます。70年の歴史を持つクラシックカーのコンクール・デレガンスとしては世界最高峰のひとつです。
その華やかさ、場所の選定、演出の素晴らしさ、審査レベルの高さは、まさにクルマ文化を持つ国のイベントと呼べるもので、私のコレクター人生の末尾を飾る心躍る思い出になりました。
最終日、朝6時、暗いうちからヘッドライトを灯して、展示車両が保管場所から18番ホールへとオーナーの運転で向かいます。本でしか見たことのなかった世界の名車たちが、早朝にバイソンの群れのように18番ホールへの花道に向かう頃には、すでに沿道に何千人もの人が群がり、カメラを向けたり、拍手歓声を送ったりしています。周りを走るオールドドライバーの中には世界的有名人もチラホラ見えます。ファッションショーの舞台に出ていくモデルのようで、気の弱い私は胸が高鳴ると同時に、自分がその光景の中で運転している事実に震えるほど感動しました。今でも思い出すと胸が高鳴るほどです。

2019年コンクール・デレガンスに招待された1921 Bentley 3Litre by Gairn

今年招待された1930 Rolls-Royce Phantom II Continental DHC by Carlton
2021年はオーナー不在の展示 ~それが新たな出会いに~
2019年の経験もあって、私の人生最後の打ち上げ花火、自分の褒美として今年も絶対にペブルビーチに行くぞと意気込んでいた2020年でしたが、あえなくコロナで中止、持ち越しとなり、2021年開催になりました。もちろんミュージアムのPhantom II Continentalは職人たちのおかげで入念に整備し、コロナの影響で発送も早めの6月14日に大黒埠頭を出発しました。コロナの影響で、時間も費用も倍、小難しい国外輸送書類もペブルビーチのためには辛抱です。2019年のベントレー輸送時を思い出しました。あの時は7月16日で、今回はひと月も早い出航です。車は無事についたという連絡があり、私も妻と二人意気込んで、今年は妻の着物まで用意していましたが、東京オリンピック前にコロナ感染者が急増、帰国後の隔離で2週間を考えると結局渡米は諦めざるを得ませんでした。
コロナで腰がひけていた私に、日本人で唯一の審査員としてペブルビーチに行く中村史郎さんから、「今年はご一緒に行きましょう」と誘われて、考え直して高級そうなホテルの予約までお手数をかけたのですが、やはり私たちは拘束時間とコロナの危険を考えてキャンセルせざるを得ませんでした。車さえ見てもらえれば、それでいいだろうと自分を慰めていましたところ、中村史郎さんから、車の世話人を誰か一人頼んで立ち会ってもらったほうが良いだろうとアドバイスを頂き、開催日数日前の急なことでしたが、一昨年顔見知りになっていた主催者のSandra Buttonさんのご主人のMartinさんにいつもの翻訳者の助けで、「忙しいところ誠に申し訳ないが、展示中の車の保護とソフトトップの上げ下ろしなどのために誰か付添人を有償で頼めませんか」とメールしました。急ですがアルバイト的に車好きな人がいればと思っておりましたが、Martinさんはこちらが驚くほど望外の素晴らしい人物を即座に紹介してくれました。すばやく応じてメールを返してくれたのは、Diane Brandonさんという女性の方で、なんとRolls-RoyceとBentleyの審査員を務め、自身も20 H.P.やPhantom Iを所有したことがあるという日本では望むべくもない専門家でした。私と会っていなかったが、2019年に来日したこともあり、私の名前やコレクションのことは聞いているし、一昨年の1921年型Bentley 3 Litreの展示ももちろん見ていたと言います。私が行けないので、主催者のMartinさんにお願いしていた会場写真の撮影も、友人を動員して頼むと言ってくれました。すばやく何通かのメールをやりとりすると、Phantomの扱いはよく分かっているし、ジャッジの特権か、撮影禁止のガードマンたちが囲む保管場所(私は一昨年、名車の集合に感心して撮ろうとしたら注意されました)で私の安心のために写真まで撮影して添付してくれました。「もちろんチェックのためにボンネットフードを開けた時は、素晴らしい塗装を傷つけないようにマスコットを回しました。」など色々と通なことを書き、気を揉んでいたエンジンスタートについても、専門家だけにこちらが車の中に置いたエンジン始動の手順メモをすぐに理解して、「調整されたPhantomの6気筒は長い航海の後でも粛々と最高」など激賞してくれ、「自分の車のように最大限大切に扱うから全てご心配無用」と言ってくれました。Martinさん、Dianeさんの親切に感動すると同時に、1日のうちに希望を最高の人選で叶えてくれたペブルビーチの主催者側のレベルの高さと人脈に圧倒される思いです。これもクルマ文化の一端でしょう。そのやりとりの中で、この車は完璧で内外装、機関の好調さまで含めて「正しい」Phantom IIであり、大きな関心を呼ぶでしょうと個人的な意見を添えてくれ、審査前から安心とともに今回のめぐり合わせにひどく感動しました。トップを下ろしたスタイルがいいので、審査の時は下ろして欲しいとお願いしたところ、「最初はトップを上げて、その幌の材質や骨組みが正しいかどうかの審査がある。その後、幌を下ろして見てもらうようにアピールします。」と知らなかったことも教わりました。
審査員の彼女でさえ、オーナーに代わってではあるが、ペブルビーチでの車のプレゼンテーションは「一生に一度の光栄で誇らしい出来事、こちらこそお金を払うほど感謝したい」と繰り返し書いています。撮影を担当して手伝ってくれるという彼女の友人Casey Powellさんも光栄に尽きると書いてくれました。その花道を往復する嬉しさはジャッジであっても容易には経験できないことなのだと改めてペブルビーチに参加できる価値の大きさを感じました。
私は参加できなかったですが、車を通じてまた素晴らしい人物と出会えたし、車がまたその人たちを幸せにしたことは一番の収穫だと思っています。
私の使命は、この参加経験を生かして、車文化、クラシックカーの楽しさを日本でも微力ながら伝えることだと改めて感じています。中村史郎さんのアドバイス、機敏に動いてくれたMartinさん、世話と立会いを快く引き受けてくれたDianeさん、Caseyさん、日本の職人とスタッフの皆さんに感謝すると共に車だけでなく、車を通じた人の輪も私を感動させる車の世界の大きな一部なのだと意識させられました。
物は存在するだけで、人がいなければ文化は育たないわけです。日本ならあるブランド車の扱いに詳しい人といえば業者ということになりがちですが、今回私が行かなかったおかげでコンクールの運営に関わるスペシャリストの存在を身近に感じ、数日間頻繁にメールをやりとりする中で、彼らの情熱を感じることができました。私が行けなくなったことで急遽車の世話を主催者にお願いし、紹介されたDianeさんというジャッジを務めるほどのRolls-RoyceとBentleyの専門家が熱心かつ親切心溢れる女性であることも驚かされました。世界一のコンクール・デレガンスを主催する人たちの繋がりや「クルマ文化度」の高さを学んだ思いです。違う意味で勉強になりました。
以下に、Martinさん、Dianeさんが報告メールに書いてくれた言葉の一部に、Caseyさん、Martinさんが記録してくれた写真を添えて、皆様への2021年度 ペブルビーチ・コンクール・デレガンスの報告と致します。
(涌井 拝)





戦前ロールス・ロイスコーナー

CLASS H: ROLLS-ROYCE PREWAR 1st Place:
1914 Rolls-Royce Silver Ghost Schapiro-Schebera Skiff(クラス優勝車)
Comments
Martin Buttonさん談
今年のRRクラスは厳しかったです。受賞した1914 Rolls-Royce Silver Ghost Schapiro-Schebera Skiffは少なくとも4年かけてレストアしたようです。有名な(世界一と言われる)P&A Woodの作品でした。
Diane Brandonさん談
非常に素晴らしい時間でした。TOP3に入らなかったことががっかり! もしメカニカル関連だけの審査があれば楽々トップの評価だったでしょう。「まさに正しい車」でした。
ソフトトップを下ろして退場していくときまだ数千人がいて、「綺麗な車」「とても静か」「女性が運転している」などたくさんの賞賛を受けました。涌井さんの車は完璧にスムーズに、パワフルにギアチェンジもステアリングも楽に、スロットルの反応もよく、運転が本当に楽しかった!
(文・写真:武田 公実)
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