涌井清春ヒストリー
「私の半生」

第17回

クラシックカーの楽しみは、人生をより豊かにしてくれます

クラシックカーの楽しみ方はいろいろあります。イベントを大きく分類すると、4つあります。

まず、走りを楽しむためのサーキットレースとラリーです。サーキットではレースで競走しなくても、スポーツ走行会などに参加し、思う存分ドライビングに集中して、クルマと対話することができます。ラリーは種類が多く、クラシックカーで楽しめるものとしては公道レースやタイムトライアルなどです。

走り以外でクラシックカーを楽しめるものとしては、コンクルーデレガンスを挙げられます。そのクルマが造られたオリジナルの状態をいかに復元できているのか。また、内装やボディカラーなどが変更されているにしても、当時の雰囲気や仕様などをいかに再現できているかなどを競う品評会です。走行性能を競うのではなく、デザインや仕立て、クラフツマンシップ、来歴やエピソードなどに焦点を当てるクラシックカーならではの催し物です。

そして、もうひとつはオークションです。本来は販売のためのものですが、欧米で行われているものは規模も大きく、インターネットでライブ中継されているものも現れたりして、以前よりは一般のファンでも気軽に会場の雰囲気を楽しめるようになってきました。

ワクイミュージアムを開設して、次に取り組んだのはクラシックカーの楽しみ方の幅を広げるお手伝いをすることでした。クラシックカーの公道レースとして、こんにち日本で一番規模が大きな「ラフェスタ ミレミリア」に1997年の第1回から13回連続して参加しましたのも、そんな思いからでした。参加台数が毎回120台から130台あって、そのうち30台から40台はリタイヤしてしまうハードな行程です。私はコレクションの中のベントレーやロールスロイスでいち参加者として競技を戦いましたが、ワクイミュージアムからはサポートトラックを2台とバン1台にメカニックを5名派遣していました。ウチのお客さん以外の参加者のクルマの面倒を見ることを主催者から要請され、メカニックたちは半ばオフィシャル的な立場で忙しく働いていました。彼らは一番最後のクルマがスタートした後に出発し、途中でトラブルを起こして路肩に止まっているクルマを見付けては応急修理を施し、1日のゴールを終えてから、重整備に取り組みます。日によっては徹夜もしていました。

第1回が開催された時はまだ公道でクラシックカーで競い合うなどということは一般的ではなく、道路使用許可を所轄警察署から取得するのも大変だったと聞きました。主催者が努力して関係各方面と交渉した成果だと思います。今では、公道を使ったクルマのイベントは珍しくなくなりました。ラフェスタ・ミレミリアが滞りなく実施され、回を重ねるごとにその意義が認められたことの影響も大きかったからでしょう。昨今では、春から秋にかけての毎週末かならず全国のどこかでクラシックカーのイベントが開催されるようになりました。隔世の感があります。

以前は、道路使用許可を「クルマのイベントをやりたい」と申請しても「暴走族の集まりだろう」と誤解されて取り合ってももらえなかったほどです。一般的な理解もありませんでした。それが今では、クラシックカーと言うと「素敵なご趣味ですね。昔のものを大切にするっていいですね」と返されるようになりました。この30年近くの間に、日本の自動車文化は成熟し、クラシックカーを巡る状況は大きく変わったのです。それはラフェスタ・ミレミリアに出場するようになって、反応でわかるようになりました。以前は、物珍しい感じで見られていましたが、今は心から喜んで見てくれている様子が顔に現れていますから。愛好家でなくても、クラシックカーというものは知っていても、実物を見ることは限られていました。

ラフェスタ・ミレミリアは第1回の福島以降、日本全国を舞台に開催されましたから、実物のクラシックカーが走る姿を全国の人々に披露することになっていました。その効果は、とても大きかったと思います。総合的に判断しても、ラフェスタ・ミレミリアは日本のクラシックカー文化に果たした役割はとても大きかったと断言できるでしょう。当初は、「イタリアのものまねじゃないか」などと揶揄されたりもしていましたが、日本のクラシックカーシーンにすっかり定着しました。オーナーたちには走る機会と同好の士と集う喜びを提供し、コース沿いの地元の人々には希少なクルマが走る姿を見てもらっています。最初の頃は、すでにロールスロイスやベントレーを所有しているお客さんが走る機会のひとつとして参加していました。しかし、回を重ねてくると、「あのラフェスタ・ミレミリアに出場したいから、それにふさわしいクルマを買いたい」という問い合わせを頻繁に受けるようになりました。正反対ですね。参加の動機付けに幅が出てきたのです。イベントとして成功し、定着した証ではないでしょうか。

日本のコンクールデレガンスとしては、2007年、2009年、2010年に開催された「東京コンクールデレガンス」に参加しました。どの回にも複数台数をエントリーして、いくつもの賞をいただきました。この連載でも詳しく書いた1950年ロールスロイス・シルバーレイス by Freestone&Webb や 1921年ベントレー3.0リッター by Gairnなどが表彰されています。

1950年 Rolls-Royce Silver-Wraith WFC69 D.H.C. by Freestone & Webb
 
1950年 Rolls-Royce Silver-Wraith WFC69 D.H.C. by Freestone & Webb
1950年 Rolls-Royce Silver-Wraith WFC69 D.H.C. by Freestone & Webb
第3回「欲しいと思い続けることが大事」に登場した

他のコンクールデレガンスにも、いくつか参加したことがあります。ウチのお客さんにも声を掛けて参加していただき、私は当日にクルマを解説してお手伝いしたりしました。コンクールデレガンスは走らせるイベントではありませんが、クラシックカーならではの楽しみ方ができます。クラシックカーをアートピースのひとつとして愛でるコンクールデレガンスは、日本でももっと盛んになっても良いですね。楽しみの幅が広がり、世の中への認知も進むでしょう。

ミュージアムを開設してからは、ラフェスタ・ミレミリアに代表される公道レース、サーキットでの走行会やレース、そしてコンクールデレガンスなどに積極的に参加するようにしていきました。販売するだけでなく、楽しみ方も提案して、場合によっては一緒に参加したりしました。売りっ放しではなく、買っていただいた後の楽しみ方を案内できるかどうかは、とても大切なことだと考えるようになり、その想いは今でも変わりません。変わらないどころか、どんどん深くなっています。

オークションも、クラシックカーならではのイベントです。近年のクラシックカー相場の高騰ぶりにオークションの果たしている役割が大きいことは間違いありません。オークションの開催を、「○○が史上最高の●億円で落札!」などとニュースで報じられることも増えました。それによって、一般のクラシックカーへの認知が高まってくれる良いキッカケになっていると思います。しかし、われわれ愛好家や業者にとって最近の過熱ぶりが必ずしも歓迎できるとは言えないのもまた事実なのです。それは過熱ぶりがもたらす価格の高騰です。値上がりは悪いことではないのですが、値上がり目的だけの投資家が増えてしまう心配です。価格の高低だけでクルマを判断してしまう人が増えてしまうと、マーケットが荒れます。高騰によって愛好家が買えなくなってしまい、投資家は転売のためにガレージに仕舞い込んでしまう残念な例を今まで何台も知っています。

クラシックカーは人類全体のものであり、オーナーは一時預かり人に過ぎないという認識を持ってくれている投資家もいますが、そうではない人もいるのです。そうした人々が、オークションによってクルマを売買しています。オークション会社はクルマの価格が競り合って上がった分、自分たちが受け取る口銭が増えますから、煽ることはあっても、諫めることはありません。オークションによってクラシックカーの世界がより一層と秩序を以て活性化することを私は望んでいます。

クラシックカーは手に入れるまでにアレコレと考えるのも楽しいですが、お楽しみは手に入れてから大きく広がっていきます。ただ磨いて、たまに走らせるだけでなく、さまざまなイベントに参加することで仲間もでき、喜びを共有することができるでしょう。情報をやり取りし、経験と知識も増えていきます。クラシックカーの楽しみは、人生をより豊かにしてくれるものだと私は信じています。ワクイミュージアムでは、そのためのお手伝いをさせていただいています。

(構成:金子浩久)

(第17回 了)

 

 

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