涌井清春ヒストリー
「私の半生」

第14回

“売らないクルマ屋”と呆れられていたこともありました

私には、「売らないクルマ屋」とお客さまから呆れられていた時代がありました。

ロールスロイスとベントレーのクラシックカーディーラーとして独立し、アメリカに拠点も築くこともできて、ビジネスがようやく軌道に乗り始めてきた頃のことです。お得意さんも少しづつできてきて、現在にいたるまでの長いお付き合いが始まったばかりでした。そうした方々から、「涌井さん、あなたは “売らないクルマ屋なんだね” 」と呆れられたことが何度もあったのです。

どういうことかと申しますと、お客さまがガレージにいらっしゃってクルマをご覧になります。まだ、現在のようなかたちにミュージアムとヘリテイジとファクトリーが整備されておらず、加須のカーテン屋さんの倉庫を借りて、そこにすべてのクルマを収めていました。お客さまははっきりと目的のクルマを決めて来訪される方もいらっしゃれば、特にすぐに欲しいクルマがあるわけではないけれども、なんとなく見に来た、遊びに来たという方まで、さまざまな動機があって来訪されます。そうした中で、実物を眼にして初めてグッと来るクルマもあるわけです。今まで本や雑誌で見て知識として知ってはいたけれども、実物を前にしてみたら、意外と良い、気に入ったというわけです。あるいは、まったく知らないクルマだったけれども、造形やたたずまいなどに魅了される。一目惚れということがクラシックカーでも、あり得るわけです。

「このクルマ、イイですね」
「ありがとうございます。●●です」
 私のビジネスはそこから始まりますから、お客さまに応じた説明をさせていただきます。
「整備も済んでいるように見えるけれども、値段はいくらぐらいになるの?」
お客さまが値段を訊ねられるということは、そのクルマに興味と関心を抱き、もしかしたらそこから購入につながるかもしれない、とても重要なモーメントです。

私は、困ってしまいます。整備も済み、キレイにして陳列してありますが、実は売り物ではないのです。私のコレクションとして購入し、たまたま同じところに保管してあるだけなので、売り物ではないのです。

「申し訳ありません。このクルマは売り物ではないのです」

お客さまの反応はさまざまでした。私の言っていることがわからなくてポカンとされる方、察していただき呆れた表情の方、いい加減にしろと言わんばかりの方などです。

「じゃあ、こっちは?」
「申し訳ありません。それも私のコレクションなんです」

売り物ではないクルマが、なぜ売り物のクルマと並んでいるのだという点がわかりにくく不親切だったと反省しております。

事情を説明させていただくと、以前にも書きましたが私はロールスロイスとベントレーのクラシックカーディーラーなのですが、同時にコレクターでもあるのです。コレクターですから、欲しいクルマが現れると何が何でも手に入れたくなります。購入資金があればすぐに買えますが、「資金が無くても入手できないわけではない」というクラシックカーコレクション特有の醍醐味については以前に書いた通りです。もちろん、私の仕事の基本はお客さまにクラシックカーを販売することですが、その過程で自分が欲しかったクルマに出会ったりすることもあるわけです。他にも、海外の取引先からの連絡の中に、欲しかったクルマが偶然にも含まれている幸運もあります。出会い方は様々です。

お客さまに販売するクルマも、自分のために買うクルマも同じように整備を施し、洗車を欠かさないようにしていつもキレイにしていました。その頃は同じ建物内にすべてのクルマを保管していたので、混乱が生じたのだと思います。それらを売るクルマと売らないクルマのふたつに分けて、保管場所も変えてからは幸いにして “売らないクルマ屋” とは言われなくなりました。

のちに売り物のクルマを400坪に収めたものが現在の「ヘリテイジ」、コレクション用も400坪の敷地に分けたクルマたちが「ワクイミュージアム」のかたちとなるのですが、その経緯については、また回を改めて書かせて下さい。

「でも、 “これはコレクションなので売れません” と言っていたクルマが後に売られていたりしたではないか!?」

もうひとつお叱りの声が聞こえてきます。確かに、おっしゃる通りです。 “コレクションなので売れない” と一度は商談を断ったクルマも、後にお客さまからのご要望や、私が他のクルマを買うための資金繰りの一環として手放したことがあります。申し訳ありませんでした。

ここにも、私のビジネスのやり方の特徴が表れています。 “まず、買うことから仕事が始まる” 、“ 買うことが勝負” なのです。眼の前に、ずっと気になっていたクルマや好みのクルマ、欲しかったクルマなどが現れたら、とにかく買うことから始まると心に決めて私はずっとビジネスを行ってきました。資金の算段は、他のクルマを売るなりして次に考えればいいのです。これもクラシックカー販売の基本だと考えています。新車を販売しているのならば、お客さまから注文がなければ仕入れることはしないでしょう。注文を受けて、発注します。しかし、クラシックカーは違います。仕入れられるチャンスはその時しかなく、いわば一期一会です。出会った時に買って仕入れなかったら、あとからいくらおカネを積んでも手に入りません。

となると、“では、仕入れの基準とは何か?”と訊ねられることになるでしょう。

「●年型のベントレーの●が欲しい」

具体的に年式まで指定されて注文されるお客さまもいらっしゃれば、初めて私のところに来て高価な戦前型のロールスロイスを注文なさる方もいらっしゃいます。ひとりとして同じような要望がなく、流行のようなものもないところが新車の販売と違うところでしょうか。しかし、ほとんどのお客さまは何度か私のところに通われたり、ロールスロイス・ベントレーオーナーズクラブのメンバーになったりして、私とコミュニケーションを十分に取られてからご購入されています。2台目、3台目と続けて、あるいは複数をご購入いただく、ありがたいお客さまも変わりません。

お客さまとお話しさせていただくうちに、その方の趣味嗜好、考え方、クラシックカーに何を求めているのかなどがわかってきます。もちろん、正面切って私から質問するような不躾なマネは絶対に避けなければなりません。自然なやり取り、何気ない会話の中に潜んでいるお客さまの要望を逃さず、それを忘れないようにしていました。 “聞いていないようで聞いている” 、 “憶えていないようで憶えている” ことが肝腎です。それを繰り返していると、クルマを前にして自然と思い出すようになります。

「あっ、このクルマはAさんが欲しがっていたな」
「次のクルマに買い替えたがっていたBさんにふさわしいのはこのクルマじゃないか!?」
「以前に購入いただいたクルマとこれが並んだら素敵なコレクションになりますよ、とCさんに提案してみようか」

売り物の情報を聞くと、さまざまなお客さまの顔が浮かんできます。その一方で、私自身のコレクターごころも同時に刺激されてしまうのです。お客さまへの提案を自分にしているようなものですから、我ながら呆れてしまいます。

今は自分のコレクションとなったクルマはミュージアムに置いていますから、以前のように “売らないクルマ屋” と言われることはなくなりました。しかし、魅力的なロールスロイスやベントレーのクラシックカーの売り物を前にすると、お客さまのことを考えるのと同時に自分も欲しくなってしまうのは私がディーラーであると同時にコレクターでもあることの業(ごう)の深さなのかもしれないと、半ば諦めているところです。

(構成:金子浩久)

(第14回 了)

 

 

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