涌井清春ヒストリー
「私の半生」

第6回

継承していくことの意味

当ミュージアムで販売部門を “Heritage ヘリテイジ” と呼んでいる経緯を説明させて下さい。

ヘリテイジとは、「受け継いだもの、代々継承していくべきもの、遺産」などという意味を持っています。当ミュージアムで販売するクルマには、その通りの意向を込めています。

どういうことかと言いますと、クラシックのロールスロイスとベントレーを販売するということは、単に古い中古車を販売するということではありません。まさに「自動車文化の伝統を継承する」ことに他ならないからです。

ヘリテイジに並んでいるクルマたちは、新車のように工場から仕入れたものではなく、どこかで誰かが大切に乗っていたものです。それも、移動のための実用車(と謙遜して嘯く人もいますが)として乗っていたわけではなく、愛情を注ぎ込む対象として大切にされていたわけです。存在している意味としては、美術品と何ら変わるところがありません。

実用にしか用いられないクルマは寿命を迎えるとスクラップとして形を変えて再利用されてしまいますが、クラシックカーはスクラップにはなりません。オーナーは何人、何世代と代わっていこうとも、クラシックカーは永遠に存在し続けます。

まさに、当ミュージアムがヘリテイジと称している理由はそこにあります。

当ミュージアムも含め、クラシックカーのオーナーというのは、そのクルマの “一時預かり人” に過ぎません。たまたま、今、そのクルマは自分の手元にあるけれども、それはもともとは誰かの許からやって来たものだし、いずれ、自分が乗らなくなった時には、また別の誰かに託すことになります。美術品がそうであるように、クラシックカーもまた、人類全員の宝であると私たちは考えています。

 「俺のカネで買ったクルマなのだから、俺がスクラップにしようが、どうしようが俺の勝手ではないか」

そんな暴論が許されるはずはありませんね。今から30年前のバブル期に、ルノワールとゴッホの絵画をそれぞれ100億円以上で購入した日本の大会社の社長さんが「私が死ぬ時は、一緒に棺桶に入れて燃やして欲しい」と語り、世界中から非難を浴びたことを憶えている人もいることでしょう。

あの騒ぎは、バブルという時代ならではのものでした。現代とは違います。今は、人類共有の財産である美術品にそのような暴言を吐く人はいないでしょう。それだけ人々の意識も変わったのだと思います。

失われてしまったら二度と手に入らない、人類共有の機械遺産、産業遺産であるクラシックカーを継承するお手伝いをさせていただくつもりで、当ミュージアムを運営しています。

そのためには、売りっ放しにするのではなく、いつか次のオーナーに引き渡される時のことも必ず忘れないように臨んでいます。

具体的には、納車する時には必ず次のように申し伝えています。

 「もし、手放されるような時にはご一報下さい。ウチが買い取らさせていただくか、次のオーナーさんをご紹介させていただきます」

オーナーさんは、買う時は気持ちが高揚していますから、それこそ一生大切にするつもりでいます。でも、その雰囲気に流されることなく、言い忘れてしまってはいけません。お付き合いは、そこから始まるからです。

納車した後も、イベントにお招きしたり、一緒にツーリングに出掛けたり、情報を提供するなど、クラシックカーで思う存分楽しんでもらうためのお手伝いをするのが、我々の役割だからです。だから、購入してもらって納車がゴールなのではなく、むしろ納車はスタートなのです。

併せて、継承についてもサポートさせていただいております。納車したオーナーさんが、いつの日かそのクルマを手放す時にも責任を持ってお手伝いする。販売したクルマを再び下取る時には、必ず相場に準じた価格で買い戻すことにしています。適正な価格で買うことが、オーナーさんの安心と信頼につながるからです。

同じクルマを複数のオーナーさんに販売したことが珍しくありません。創業以来、約600台を販売してきましたが、そのうちの数割はそうしたクルマです。中には、10年間で5回売買したものもありました。

そのためには、良い状態のクルマを仕入れ、入念なメインテナンスを施し、納車後も定期的に点検整備を怠ることなく、オーナーさんとコミュニケーションを密に取り、良好なコンディションを保ち続けなければなりません。

そのクルマがどんなクルマで、どういうコンディションにあり、オーナーさんはどのように乗られているのかなどを知り尽くしておく必要があるからです。すべて、オーナーが代わっても、変わらぬクラシックカーの価値を次のオーナー、次の世代に継承していくためです。

ひとつ例を挙げますと、当ミュージアムにはベントレー・RタイプD.H.C by Graberがあります。1953年製の、オープンボディの2ドア4座席クーペです。

このクルマは1974年に日本の大手総合商社が輸入し、あるレーシングドライバーが購入しました。その後、レース活動資金を捻出するために売りに出された時に私が購入しました。戦後に造られたクルマですが、戦前型のエレガンスを持ちながらスポーティなスタイリングに魅せられました。販売するつもりはなく、私の個人的なコレクションの一台として買いました。

しかし、お得意A様から「売って欲しい、売って欲しい」と再三に渡って頼まれ、お譲りいたしました。

その数年後、お得意A様は同じ戦後のベントレーのクラシックの大看板であるコンチネンタルを所望するようになりました。グラバーを下取りにして、当ミュージアムのコンチネンタルをお譲りしました。

ほどなくして、今度はグラバーはお得意B様にお求めいただき、さらにその数年後、別のクラシック・ベントレーを購入するために、グラバーは三たび当ミュージアムに戻ってきたという次第です。

グラバーを巡って、お得意A様とB様はそれぞれ同じように他のクラシック・ベントレーも乗りたくなって買い換えられました。

別のパターンもありまして、オーナーさんがご高齢になられ体力的に乗り続けられなくなったり、残念なことにお亡くなりになったりする場合もあります。ご当人やご遺族様から依頼を受け、引き取りに伺います。その際も、購入時の約束通りに相場に準じた金額をお支払いし、そのクルマを大切にしてくれる次のオーナーさんを見付けることを約束して引き受けてきます。

中には、「クルマは故人の形見だから手放したくないのだけれども、ガレージにずっと置いておくわけにもいきませんので……」と断腸の思いで手放す決心をされたご遺族もいらっしゃいます。そういう時は、こちらも思わず貰い泣きしてしまいます。それがご逝去の10年後だったり、15年後だったりしたこともあります。当然だと思います。

人の命には限りがありますが、クラシックのロールスロイスとベントレーは永遠です。クルマと美術品の違いはありますが、ルノワールやゴッホの絵画と変わりません。持ち主が代わっても、その魅力と価値を変わらずに輝き続けさせるためのお手伝いをするのが我々の使命なのです。ヘリテイジには、そんな意向が込められています。(構成:金子浩久)

(構成:金子浩久)

(第6回 了)

 

 

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