ロールスロイス&ベントレーの歴史

Pre War:第二次大戦前篇

チャプター2「エンジンとレースを愛した男」

ロールスロイス&ベントレーの歴史, W.O.ベントレー
ロールスロイス&ベントレーの歴史

今を去ること89年前となる1919年8月、ロンドン北部コンデュイット・ストリート16番地に創立されたベントレー・モーターズ(Bentley Motors)社は、W.O.ベントレーという、きらめくような才気とモータースポーツに懸ける情熱に溢れた青年エンジニアが、己が理想のスポーツカーを創ることだけを目的として、わずか31歳の若さで興した自動車メーカーである。

1888年9月16日、ロンドン在住の裕福な家庭に9人兄弟の末っ子として生まれた“W.O.”ことウォルター・オーウェン・ベントレー(Walter Owen Bentley:1888-1971年)は、幼少時代から大人しく温厚な性格で、機械いじりが大好きな少年だった。最初にW.O.少年を魅了した機械はカメラ。当時はまだ非常に贅沢な趣味であった写真撮影に没頭していたという。そして、20世紀初頭の富裕かつ進歩的な若者の多くがそうであったように、当時の最先端テクノロジーの結晶であるモーターサイクルや、ガソリンエンジンを持つ4輪自動車という乗り物に強く惹かれてゆくことになる。

1905年、名門校クリフトン・カレッジで正規教育を修めたW.O.は、これも幼少期の彼を魅了した当時の最先端テクノロジー、鉄道の世界に入るべくイングランド中北部サウス・ヨークシャー州ドンカスターに本拠を構える鉄道会社“グレート・ノーザン鉄道”に見習いエンジニアの資格で入社、鉄道エンジニアとしての修行に入った。ちなみに同じグレート・ノーザン鉄道には、のちに因縁の間柄ともなるヘンリー・ロイスも、同じく見習いエンジニアとして入社している。W.O.が入社した27年前となる1878年のことである。ところが苦労人として有名なヘンリー・ロイスとは違って、上流階級の生まれらしく極めて穏やかで感受性豊かな気性だった彼にとっては、たたき上げの経験則的価値観が横行する鉄道の現場、そしてそんな環境のもとで送る徒弟生活は、あまりにもハードなものとして感じられたようだ。職場の人間関係に耐え切れなかったW.O.は、結局グレート・ノーザン鉄道を退職、ロンドンに戻ることになる。そして、1910年に“ナショナル・モーター・キャブ・カンパニー”に職を得るに至ったのである。

しかし、そのナショナル・モーター・キャブ・カンパニーで働く傍らで、W.O.ベントレーはその生涯を捧げるべき対象に出合うことになる。それはもちろん、自動車エンジンとモータースポーツであった。この頃、兄弟の一人であるホーレス・M.ベントレーの影響で自動車やモーターサイクルのレースに興味を抱くようになったW.O.は、1912年にロンドン・ウエストエンドにて、フランス製のガソリン自動車“DFP”の輸入権を持っていた“ラコック&フェルニー”という小さな会社を、兄ホーレスとともに買収するに至った。この新しい城を得たW.O.は、DFPに自らチューニングを施したレーシングカーの開発を指揮したほか、自らワークスドライバーも買って出たという。そして、W.O.によってチューニングされたDFPは次第に頭角を現し、ついには当時2Lクラスで英国内のレースに参戦していたDFP本社のワークスマシーンたちを圧倒するまでのトップコンテンダーになってしまうのだ。W.O.ベントレーのチューニングしたDFPのエンジンに於いて、最大のアドバンテージとなっていたのは、彼自身が開発に関与したピストンといわれている。W.O.は、アルミニウムに銅を混ぜた軽合金という、当時としてはかなり斬新な新テクノロジーについて研究を重ね、自身のエンジンに投入していたのである。

さらにその翌年、第一次世界大戦の勃発とともに、有名なRAF(イギリス空軍)の前身たるイギリス海軍航空隊に技術大尉として従軍することになったW.O.ベントレーは、自身がDFP用エンジンのために開発したアルミ合金製ピストンを、航空機用のエンジンにも応用してみせることになる。そして、海軍にて彼が設計した空冷星型9気筒エンジンは約4000ユニットが量産され、ソッピーズ戦闘機やアヴロ爆撃機のパワーソースとして正式採用。当時のイギリス製軍用機に採用された航空エンジンの中でも最高傑作の一つであるという評価を受けつつ、第一次大戦中を通じて幅広く活躍することになったのである。

自身にとって大きな転機となった第一次大戦の終結を見たのち、W.O.ベントレーは自動車設計の世界に復帰、念願であった自身の自動車メーカーの立ち上げを志すようになる。 そしてW.O.は、メーカーの創立から2ヵ月後となる1919年10月のロンドン自動車ショーで、  彼の名を冠した最初のモデル“3リッター”を発表。そののちロンドン近郊クリクルウッドに本社工場を構える一方、約2年にも及ぶ研究・開発期間を経て、1921年に3リッターを正式リリースするに至った。  そして、ヴィンテージ時代のイギリスに於ける最高のスポーツカーと称されたW.O.の作品たちは、当時のスポーツカーレース・シーンにて、未来永劫の伝説として語られるような、輝かしいヒストリーを築いてゆくことになるのである。

ロールスロイス&ベントレーの歴史
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(第2章 了)

(監修:涌井 清春  資料提供:高山 ゆたか  編集:武田 公実)

 

 

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